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山口百恵は母子家庭で愛人の子?引退理由やファイナルコンサートの様子も!

オーディション番組「スター誕生!」に出場したことをきっかけに芸能界入りし、1970年代に活躍した日本の伝説的歌姫・山口百恵!そんな山口百恵は母子家庭に育った?200万部のベストセラーとなった自叙伝「蒼い時」で、愛人の子であった事を明かしています。若くして引退を決意した理由や父親への手切れ金の真相、ファイナルコンサートの様子もご紹介!

  • mikasako
  • 2017.11.13
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  • 山口百恵のプロフィール

    山口 百恵(やまぐち ももえ)

    本名:三浦 百惠(みうら ももえ)(旧姓:山口)
    生年月日:1959年1月17日
    出生地:東京都渋谷区恵比寿
    身長:158cm
    血液型:A型
    職業:元歌手・元女優
    活動期間:1973年~1980年

    代表作
    ドラマ:「人はそれをスキャンダルという」「赤い絆」「赤い衝撃」「赤い運命」「赤い疑惑」など
    映画:「古都」「天使を誘惑」「ホワイトラブ」「ふりむけば愛」「霧の旗」「絶唱」「潮騒」など

    スター誕生で準優勝!

    1972年、中学2年の時にオーディション番組「スター誕生!」に出場し、準優勝して20社から指名を受けました。

    その時の審査員の一人阿久悠からは、「あなたは青春ドラマの妹役なら良いけれど、歌手は諦めた方が良い」と言われたそうです。

    結果は、歌手も女優も両立させたんですよ。凄いですね。

    「としごろ」でデビュー!

    1973年、14歳の時に映画「としごろ」に初主演し、シングル曲「としごろ」で歌手デビューもしました。

    キャッチフレーズは、「大きなソニー、大きな新人!」でしたが、今一つですね。

    花の中3トリオ!

    桜田淳子・森昌子と共に「花の中三トリオ」と呼ばれ、歌手としてスタートをしました。

    しかし、デビュー曲「としごろ」は今一歩で、スタッフの期待以下のセールスに終わってしまいました。

    山口百恵は1970年代に活躍した日本の伝説的歌姫!

    青い性路線でイメチェン!

    第二弾のシングル曲はイメージチェンジを図り、「あなたが望むなら私何をされてもいいわ」から始まる「青い果実」をリリースしました。

    14歳の少女に歌わせるには、際どい歌詞ということで歌謡界に波紋を広げ、「青い性路線」と呼ばれるようになりました。

    山口百恵さんは年齢が低く、清楚なビジュアルと歌詞のアンバランスの背徳感が、百恵さんの人気を独自なものとしていったようです。

    青い性路線の「ひと夏の経験」が大ヒット!

    「青い果実」は山口百恵さんにとって、オリコンで初めてのベストテン入りを果たしたヒット曲でした。

    その後も「青い性路線」は続いて、ついに5枚目のシングルでリリースされた「ひと夏の経験」が、大ヒットを飛ばしました。

    オリコンベストテン3位、1974年の年間第15位、累計売上75万枚の大ヒットです。

    作詞は千家和也、作曲は都倉俊一で、デビュー・シングル「としごろ」より5作連続である。 第16回日本レコード大賞・大衆賞、第5回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞した。また『第25回NHK紅白歌合戦』に紅組のトップバッターとして初出場を果たした。

    出典:ひと夏の経験ーウィキペディアー

    女優として映画デビュー!

    1974年には、文芸作品映画「伊豆の踊子」で初主演して女優としても評価を得ました。

    その後も多くの文芸作品に主演し、女優としての評価を高め、1980年公開の引退記念作品映画「古都」では、市川崑監督が最後の作品で監督を務めることができる喜びを、記者会見で語るほどでした。

    そして「伊豆の踊子」で共演した相手役が三浦友和さんでした。


    ゴールデンコンビ!

    「伊豆の踊り子」で共演した三浦友和さんとは、その前にグリコのCMで既に共演済みでした。

    百恵さんの主演映画は13作ありますが、そのうち12作は三浦さんとの共演です。

    また、テレビドラマはCMでも共演を重ね、共にブレイクを果たし、「ゴールデンコンビ」と呼ばれ、ファンから絶大の支持を集めました。

    赤いシリーズ!

    出典: bizmakoto.jp

    赤いシリーズ!

    映画だけじゃありません!

    1974年からドラマ赤いシリーズに主演。第一作「赤い迷路」から「赤い死線」まで、シリーズは6年6作品にもなりました。

    ドラマでは、「赤い疑惑」「赤い運命」で三浦友和さんと共演し、映画でもドラマでも共演しています。

    阿木燿子・宇崎竜童夫妻との出会い!

    出典: geinou-9.jp

    阿木燿子・宇崎竜童夫妻との出会い!

    1976年、運命の阿木燿子・宇崎竜童夫妻の作品「横須賀ストーリー」から新境地を開くことになります。

    作詞家阿木・作曲家宇崎を指名したのは、山口百恵さん本人だと言われています。

    このコンビとは引退まで数多くの大ヒットを飛ばし、山口百恵の世界を築きあげました。



    1978年の紅白歌合戦では、当時史上最年少の19歳で紅組トリを務め話題となり、その最年少記録は現在も破られていません。

    その影響力は文化人をも巻き込み、評論家平岡正明が「山口百恵は菩薩である」を著するまでにもなりました。

    アイドル以上のアイドル!

    映画「古都」での百恵さん。

    売れっ子歌手でありながら、アイドルを超えた演技で、多くの文芸作品の主演を務めました。

    この若さで大女優の風格を漂わせるのは、百恵さんしかいません。

    山口百恵は母子家庭に育った?

    デビュー当初は、母子家庭に育ったと言われていました。

    ただ、複雑な家庭事情はファンの前には明かされませんでした。


    その複雑だった家庭事情も、やがて百恵さん自らの自叙伝「蒼い時」で明かされ、多くのファンに驚きを与えました、

    山口百恵が自叙伝で愛人の子だったことを告白!

    引退直前の自叙伝「蒼い時」

    出典: fril.jp

    引退直前の自叙伝「蒼い時」

    1980年の引退直前の9月に自叙伝「蒼い時」を出版し、その複雑な家庭環境について告白しています。

    生い立ちから始まり、芸能人としての生活や、三浦友和との恋愛や初体験までも、赤裸々に明かしました。



    その中では、両親は籍が入ってなくて、母親はいわゆる愛人だったと語っています。

    父親は他に本妻がいて、時折百恵さんの家に訪ねてくる生活でした。

    しかし、経済てきには貧しくて、母親は内職で家計を支えながら生活保護を受ける生活を送っていたそうです。

    出典: himitukiti.jp

    父親は百恵さんの母との関係を「きちんとする」と話していたと書かれていますが、結果として本妻と別れることはないままで、百恵さんは愛人の子として育ちました。

    そのような生活のなかで、幼い少女がおとぎ話のヒロインを夢見るように、百恵さんも歌手に憧れるようになりました。

    山口百恵が若くして引退を決意した理由は?

    百恵さんは、自身が複雑な生い立ちのため、一般的な家庭へのあこがれが強かったようです。

    歌手になったのも、家族を楽にさせたいという気持ちもあり、もともと芸能界に強い未練はなかったそうです。

    そして芸能界で活躍するなかで、三浦友和さんと出会いました。

    共演する機会も多く、接する時間も多かった三浦さんとの交際で、この人なら信じられる、幸せな家庭が築けると思ったのでしょう。

    実際に三浦さんは、真面目で誠実なんでしょうね。

    ゴールデンコンビと呼ばれるほどの二人は、私生活でも恋人だったんですね。

    引退を決意!

    三浦さんと幸せな家庭を築くためには、芸能界には未練はなかったのでしょう。

    芸能界よりも、いつも両親のいる家庭、明るく笑い声がする生活が百恵さんの最も憧れるものだったのです。

    そして引退して家庭に入る覚悟をしました。

    山口百恵の語り継がれるファイナルコンサートとは?

    1980年10月5日 日本武道館でファイナルコンサートは行われました。

    客席の片隅には、婚約者の三浦さんも見届けに来ていました。

    ラストソング「さよならの向う側」を涙を流しながらの熱唱でした。

    多くのファンの大声援や涙声のなか・・・・


    「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」と言い、静かにマイクを置き、伝説的ファイナルコンサートは終わりを迎えました。

    そして山口百恵の8年間の芸能生活は終わり、芸能会に姿を見せることはありませんでした。

    山口百恵が父親に手切れ金を?

    父親は百恵さんが、アイドルとして成功し大スターになった途端に、親権を取ろうとしたり、所属事務所に借金をしたり、移籍話しをしたり金目当ての行動でトラブルを起こしました。

    もともと父親には確執があった百恵さんは、父親に手切れ金を渡し縁を切ったと言われています。

    自叙伝「蒼い時」の中で、私には父はいないと言っています。

    山口百恵が三浦友和と結婚!

    恋人宣言!

    1979年のリサイタルで「私がすきな人は、三浦友和さんです」と恋人宣言を発表し、その後三浦さんも記者会見で結婚前提で交際していることを認めました。

    婚約と引退!

    1980年3月に婚約発表と同時に、芸能界引退を公表しました。

    そして今後の引退までの、レコードリリースや公演スケジュールの予定を発表しました。

    11月19日に、父親役として共演の多かった宇津井建夫妻を仲人に結婚式・披露宴を行いました。

    現在は、長男三浦祐太朗はシンガーソングライター・俳優で、二男の貴大は俳優という二人の息子に恵まれました。

    まとめ

    いかがでしたか。
    1970年代を駆け抜けた伝説のアイドルキャンディーズの引退と並び、人気絶頂時に引退した昭和のアイドル「山口百恵」のまとめでした。
    今では懐かしのテレビ番組でしか、会う事が出来ないのが残念ですね。

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