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【ファンに愛された男】嗚呼、清原和博【栄光の軌跡】

元プロ野球選手として輝かしい記録を持つ清原和博は、麻薬不法所持で逮捕、有罪判決となりました。現在は更生のため表舞台から姿を消した。多くのファンは彼の復活を信じているでしょう。彼の功績、彼の努力、彼の信念を、知っているから。

  • tasya
  • 2016.07.01
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  • 清原和博、野球人生のはじまり

    先頭を走り続けた男

    1967年、大阪府出身
    小学生の時、
    岸和田リトルリーグに入団
    6年生ばかりの編成に、
    4年生でレギュラー入り
    自身が6年生の時は、
    エースで4番、完全試合を達成した
    中学生になり、
    岸和田シニアリーグに移動
    関西シニアで優勝(キャプテン)

    PL学園に入学
    投手希望だったが、
    同じく新入生の桑田真澄の投球を見て、
    「絶対に勝てない」と野手に転向
    清原は1年生で4番をまかされ、
    桑田はエースピッチャー、
    「KKコンビ」と呼ばれ
    甲子園5期連続出場を果たす
    (優勝2回、準優勝2回)

    母の言葉に息子は球界入りを決意した

    KKドラフト事件

    清原は、幼少よりファンである巨人か、
    父親がファンの阪神を希望していた
    しかし、ドラフトで、
    巨人1位指名→桑田
    西武1位指名→清原
    となった。

    まだ逆指名ができないころで、
    清原は自宅で泣いた
    そんな息子を見た母親は
    「あんたが勝手に惚れて、
    勝手に振られたんやないの。
    男らしく諦めなさい。
    男なら見返してやりなさい。
    泣いてる暇なんてないはずやで」
    この言葉に奮起して、
    プロ野球へと決心した

    西武ライオンズ~読売ジャイアンツ~オリックスへ

    西武時代

    1986年、開幕2戦目に途中出場して
    初打点・初安打・初本塁打を記録
    4月に初スタメン入り、
    5月に5番をまかされた
    オールスターゲームには
    ファン投票1位で出場
    この年、西武は日本シリーズに出場して
    日本一の座を手にした
    清原は新人王に選ばれ、
    シリーズ首位打者ならびに
    シリーズ最多安打を記録
    チームの勝利に貢献
    翌年、翌々年、
    全試合出場を果たした

    FAで読売ジャイアンツに入団

    FA宣言の権利を得たものの、
    数々の故障に泣かされる
    巨人に移籍して、
    プロ入り初のBクラス、2軍落ち、
    挫折も苦しみも味わう

    2006年、オリックスへ

    故障続きで成績も振るわずBクラス
    2008年、任意契約選手へ
    事実上の解雇に、プロ野球を引退した

    みんなが夢見た「清原和博」

    最後のユニフォーム

    清原和博は、現役時代、
    数多くのタイトルを受賞


    最高出塁率、2回
    最多勝利打点、1回
    新人王、
    ベストナイン、3回
    ゴールデングラブ賞、5回
    月間MVP、5回
    日本シリーズ優秀選手賞、3回
    日本シリーズ敢闘賞、2回

    タイトル受賞は、
    清原の才能と努力の裏打ちだろう
    そして、ファンが投票する
    オールスター戦での成績

    オールスターゲーム出場、18回
    オールスター戦通算打率、歴代1位
    オールスター戦通算本塁打、歴代2位
    オールスター戦通算打点、歴代1位
    オールスター戦通算得点、歴代1位
    オールスター戦通算塁打、歴代1位

    オールスター戦は、
    ファン投票で選ばれた選手の「夢の球宴」
    輝かしい成績の数々も、
    ファンが彼に夢を託した結果だ

    「清原和博」に魅せられた人がいた

    仰木が近鉄の監督1年目だった1988年、 10.19の死闘の末西武との優勝争いに敗れ、 その後清原擁する西武が中日との日本シリーズを制し、 清原は日本シリーズ優勝後のインタビューで 「これで近鉄の選手の皆さんに顔向けができます。」と語った。 これを観た仰木は「なんて男気のある奴なんだ」と言った。

    出典:清原和博-wikipedia

    ジャイアンツに負けて、尻尾を丸めて逃げ出すんやない。お前なら、今の大阪を元気にできる。お前が自分の野球人生をまっとうするために、最後の力を振り絞って戦ってる姿を見たら、大阪だけやない、関西の人間はみんな元気になる。生まれ故郷の関西に恩返しするために、大阪へ帰ってこい。ウチがどうしても嫌というなら、阪神でもいいんや

    出典:清原和博の歩んできた「男道」:巨人とのこじれ、オリックスへの移籍、引退編

    最後の「阪神でもいいんや」この言葉は、本気で「清原和博」を心配する人の言葉だろう。自分の球団に迎えたくて口説くのではない。彼の野球人生のために出た言葉だ。

    長い野球人生の間に、努力したこと、支えてくれた人、
    つらかったこと、苦しかったこと、
    どれほど言葉を尽くしても語りきれないだろう。
    かけがえのない財産にも、重すぎる荷物にもなるだろう。
    だが、過去の栄光は消えず、努力したことも決して消えない。

    どうか過去に縛られず、未来のために後世の日々を生きてほしい。

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