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テレビ・ラジオで活躍、永六輔さん死去 追悼番組で徳光和夫ナレーション

坂本九『上を向いて歩こう』の作詞家としても知られ、放送作家、タレントとして、テレビやラジオで幅広く活躍した永六輔さんが7日、亡くなりました。永さんが出演した名テレビ番組『遠くへ行きたい』では追悼番組も行われます。

  • fugaku
  • 2016.07.21
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  • 永六輔さん死去

    永六輔さんが亡くなられていたことが11日、わかりました。83才でした。

    草創期のテレビ界で放送作家として活躍し、「上を向いて歩こう」をはじめ多数のヒット曲を作詞するなど多方面で才能を発揮した永六輔(えい・ろくすけ、本名・永孝雄=えい・たかお)さんが死去したことが11日分かった。

    出典:永六輔さん死去…放送作家・作詞など多方面活躍 (読売新聞) - Yahoo!ニュース

    永六輔とは・・・

    永 六輔(えい ろくすけ、1933年4月10日 - 2016年7月7日)は、 日本のラジオ番組パーソナリティ、タレント、随筆家。 元放送作家、作詞家である。 本名、永 孝雄(えい たかお)。 晩年の所属事務所は「オフィス6丁目」だった。 角刈り頭と細長い顔がトレードマーク。 長女の永千絵は映画エッセイスト、 次女の永麻理は元フジテレビアナウンサー(現在はフリー)、 麻理の長男で孫の育乃介は俳優。 藤本義一とは遠戚である。

    出典:永六輔-Wikipedia

    テレビ、ラジオ、書籍・・・に大活躍!!

    永さんは東京・浅草の出身で、学生のころにNHKのラジオ番組「日曜娯楽版」にコントを投稿したことをきっかけに、ラジオやテレビの番組を企画・構成する放送作家になりました。

    出典:テレビ・ラジオで活躍 永六輔さん 死去 | NHKニュース

    1977年撮影の写真

    出典: www.jiji.com

    1977年撮影の写真

    その後、NHKの人気バラエティー「夢であいましょう」の台本を担当して高い人気を得たほか、作詞家として、世界的な名曲として知られる「上を向いて歩こう」や、「帰ろかな」それに「こんにちは赤ちゃん」などを手がけ、作曲家の中村八大さんとのコンビで次々とヒット曲を出しました。

    出典:テレビ・ラジオで活躍 永六輔さん 死去 | NHKニュース

    1983年6月の参院選に比例代表で立候補した頃の永六輔さん。【時事通信社】

    出典: www.jiji.com

    1983年6月の参院選に比例代表で立候補した頃の永六輔さん。【時事通信社】

    また、タレントとして、軽妙な語り口と歯に衣着せぬトークで人気を集め、テレビ番組の司会などでも活躍しました。ラジオのパーソナリティーとしても親しまれ、自身の名前のついた民放のラジオ番組は、旅で見聞きした話や時事問題などを幅広く取り上げ、およそ半世紀続きました。平成4年には放送文化賞を受賞しています。

    出典:テレビ・ラジオで活躍 永六輔さん 死去 | NHKニュース

    200万部の大ベストセラー『大往生』

    平成6年に出版した「大往生」は、老いや病、死を巡るさまざまなことばを引用して独自の死生観を訴え、200万部を超えるベストセラーになるなど、多彩な才能を発揮しました。

    出典:テレビ・ラジオで活躍 永六輔さん 死去 | NHKニュース

    作詞家・永六輔、数々の大ヒット曲

    作曲:中村八大、歌:水原弘 他

    第1回日本レコード大賞を受賞

    作曲:中村八大、歌:坂本九 他

    出典: i.ytimg.com

    作曲:中村八大、歌:坂本九 他

    出典:youtube

    Sukiyaki - 上を向いて歩こう (Kyū Sakamoto, 坂本 九)

    「いい湯だな」(いいゆだな)は、各地の温泉を歌っている日本の楽曲である。作詞は永六輔で、作曲はいずみたく。

    出典: q.hatena.ne.jp

    「いい湯だな」(いいゆだな)は、各地の温泉を歌っている日本の楽曲である。作詞は永六輔で、作曲はいずみたく。

    元々はデューク・エイセスによる日本各地の御当地ソングである「にほんのうた」シリーズの一つで、この歌は群馬県の御当地ソングとして1966年にリリースされたものである。その後ザ・ドリフターズがデビューシングルのB面(いわゆるカップリング曲)としてカバーした(1968年6月10日発売)

    出典:いい湯だな-Wikipedia

    作曲:中村八大、歌:梓みちよ 他

    2013年9月、パーキンソン病のため長年、続けてきたラジオをお休み

    ラジオ番組『永六輔の誰かとどこかで』― 聴取者からも「痛々しいから休んでほしい」という声もあり、いったんお休み。

    出典: daily.c.yimg.jp

    ラジオ番組『永六輔の誰かとどこかで』― 聴取者からも「痛々しいから休んでほしい」という声もあり、いったんお休み。

    1967年から続けていた番組を休んだのは、ご本人も悔しかったでしょう。

    2013年8月29日 - 放送を9月27日で終了すると発表。理由はスポンサーの桃屋が降板する意向を伝えられたことに加え、永自身も医師から「体に無理がかかっているので、休むように」と助言を受けたこと、さらにパーキンソン病の影響から滑舌が悪くなることが増え、聴取者からも「痛々しいから休んでほしい」という声が多く寄せられたことをあげている。TBSラジオも終了について「永さんの体調を含め総合的に考えた結果」としている

    出典:永六輔の誰かとどこかで - Wikipedia

    出典: www.asahi.com

    永さんは、平成22年にパーキンソン病と前立腺がんを患っていることを公表してからも、リハビリを行いながら精力的に講演やラジオの活動を続け、東日本大震災のあとには被災地に足を運んで、被災者の声に耳を傾ける活動にも取り組んでいました。ただ、この数年は体調を崩すことも多く、所属事務所によりますと、永さんはことし1月に入院したあと、4月に退院し、その後、自宅で療養を続けていたということです。

    出典:テレビ・ラジオで活躍 永六輔さん 死去 | NHKニュース

    永さんのラジオにかける執念はすごい。

    その後、また、ラジオ番組に復活したのですが・・・

    最後の冠ラジオ番組「六輔七転八倒九十分」、2016年6月27日で終了した・・・

    先月には、体力の回復にどのくらいかかるかめどがついていないとして、レギュラーを務めていた民放のラジオ番組を降板しました。

    出典:テレビ・ラジオで活躍 永六輔さん 死去 | NHKニュース

    TBSラジオで毎週月曜に放送されている永六輔さん(83)の番組「六輔七転八倒九十分」が9日、6月27日で終了することが分かった。番組内で発表された。ラジオで自身の名前がついた「冠番組」はなくなった。

    出典:永六輔さん:TBSラジオ番組が終了へ 冠番組なくなる - 毎日新聞

    永六輔さんの所属事務所が、先月6月9日夕放送のTBSラジオ「六輔七転八倒九十分」に寄せた手紙の主な内容は次の通り。

     永六輔は、昨年の秋ごろから背中の痛みが強くなり、またその痛みは寝起きする時や車椅子の乗り降りの際、つまり体を動かす時に特に強く現れていました。今年に入って、この症状が顕著になったために、病院で検査を受けていたところ、一昨年の圧迫骨折とは別のところに、脊柱(せきちゅう)の損傷が生じ、神経を圧迫していることが分かりました。そのために2月1日に問題の部位の上下の脊椎(せきつい)骨をブリッジで固定する手術を受けました。これがうまくいったおかげで、体を動かす時の痛みがほとんどなくなり、心身の負担は大きく減りました。

    その後、患部のさらなる処置を受けている間に不幸にも誤嚥(ごえん)による肺炎を起こしてしまいました。その肺炎も約2週間の期間を経て、今は完治いたしました。ただ、この間は絶食を余儀なくされたために体力が落ちてしまい、話をすることも難しい状態ではあります。

    すでに退院し、今後は自宅療養にて体力回復に務める所存です。永六輔本人はリスナーの皆様にまた声をお届けしたいと思っており、日々努力しておりますが、パーキンソン病ということもあり、十分な体力回復にどのくらいかかるかはまだめどがついておりません。ここは一旦、自分の名前の付いた番組については締めくくりをさせていただいた上で、ぜひまたお耳にかかる機会を得たいと考えている次第です。

    以上、http://mainichi.jp/articles/20160510/k00/00m/040/034000c

    それから、約1か月後、お亡くなりになられたということですね・・・

    最後まで、仕事に意欲を持たれていました。

    2016年2月4日の徹子の部屋に大橋巨泉と出演

    永さん死去の報に、ツイッターでも、残念の声が・・・

    永六輔さん追悼『遠くへ行きたい』名シーン放送 - 徳光和夫がナレーション

    故・永六輔さんが初代旅人を務めた、旅番組『遠くへ行きたい』で、7月17日追悼企画!!

    出典: n.mynv.jp

    故・永六輔さんが初代旅人を務めた、旅番組『遠くへ行きたい』で、7月17日追悼企画!!

    今月7日に亡くなった放送作家・タレントの永六輔さんが初代旅人を務めた、読売テレビ・日本テレビ系旅番組『遠くへ行きたい』(読テレ毎週日曜7:00~7:30、日テレ毎週土曜6:30~7:00)では、永さんの過去の名シーンを特集する追悼企画を、17日に放送する。

    出典:永六輔さん追悼『遠くへ行きたい』名シーン放送 - 徳光和夫がナレーション

    永さんは、1970年10月4日に放送開始した同番組の初代旅人で、主題歌「遠くへ行きたい」の作詞も担当。2013年8月11日の放送まで、のべ82回にわたって出演し、全国の人たちとふれあってきた。今回の追悼企画では、その姿をVTRにまとめ、徳光和夫がナレーションを務める。

    出典:永六輔さん追悼『遠くへ行きたい』名シーン放送 - 徳光和夫がナレーション | マイナビニュース

    徳光和夫がナレーション、それも楽しみです。

    出典: n.mynv.jp

    1974年から制作を担当する、テレビマンユニオンの村田亨エグゼクティブプロデューサーは「旅の仕方のすべてを教えてくれたのが永さんでした。当時テレビは一般の人にとってとても珍しいもの。カメラがいることで彼らの日常を乱してはいけない。取材をするんじゃなくて、取材をさせていただくんだということを教わりました」と述懐。

    出典:永六輔さん追悼『遠くへ行きたい』名シーン放送 - 徳光和夫がナレーション | マイナビニュース

    出典: n.mynv.jp

    さらに、「永さんはテレビを見る人がどうしたら面白く見られるかを常に考えていた人でした。何か面白いことを見つけると、いきなり走り出す。現場で起こることをとにかく楽しむ人でした」といい、今回の追悼企画は、その"集大成"として放送すると話している。

    出典:永六輔さん追悼『遠くへ行きたい』名シーン放送 - 徳光和夫がナレーション | マイナビニュース

    出典: n.mynv.jp

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